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赤星電撃引退!命にかかわる脊髄損傷

 阪神・赤星憲広外野手(33)が9日、西宮市内のホテルで会見を行い、現役引退を表明した。直接の原因は9月12日の横浜戦(甲子園)でダイビングキャッチを試みた際、発症した中心性脊髄(せきずい)損傷。負傷後、復帰を目指し懸命なリハビリを続けてきたが、「今度やってしまったら最悪、命にかかわる可能性もある。100%のプレーができないならプロとして身を引くべきと考えた」と苦渋の決断に至った理由を語った。
  ◇  ◇
 気持ちが完全に整理された状態ではなかった。それほど急を迫られた決断だった。それでも腹をくくって、苦手だった無数のフラッシュの光の中心で堂々と座った。「このたび現役を引退すると決めました」。この言葉を発した瞬間、赤星憲広が9年間の現役生活に幕を下ろした。
 「この3年間は言葉に表せないくらいしんどかった。最初の6年の3倍長かった。最後の3年が9年分くらいに長く感じた」。07年に頸椎(けいつい)ヘルニアを発症してから、故障との闘いが続いた。そして今年9月12日の横浜戦(甲子園)の三回、内川の打球を右中間に追い、決死のダイブ。これが現役最後のプレーとなった。
 「今でも夢にあのシーンが何回も出てくる。正直、僕は後悔してない。打った内川は太ももの状態が良くなかった。強い打球はないと考えて(右中間に)寄ってたけど、もっと寄ってたら、捕れればよかったのにとは思うけど」。現場で死ねれば本望か-。野球人生を断ったプレーに後悔せずとも、捕球できず悔しがるのが赤星らしかった。
 本格的に引退を考えたのは11月下旬から12月初旬にかけてだ。それまでに全国各地の病院を訪ね、最良の治療法を模索し続けてきた。復帰への強い意志からの行動だったが、行く先々で「今のまま現役を続けることは危険」と診断された。
 診断名の中心性脊髄損傷は一般人の日常生活には支障がないとされている。だが、トップアスリートの赤星が再び激しいプレーを試みた場合、生命にかかわる危険性もあるという。「今度やってしまったら(体のどこかの個所が)不随になる可能性もある。最悪、命にかかわる可能性もある」。慎重なプレーをすればいいのかもしれないが、「100%のプレーができないなら辞める」という流儀を曲げたくはなかった。
 プレーへの後悔はない。ただ、ファンの前にもう一度、帰りたい気持ちは強くあった。「まだできると思っていたから、完全燃焼をしたとは言えない」。悲願の日本一達成など、やり残したことはある。それでも決断した。「僕を貫き通そうと思った」と涙はなしで、ユニホームを脱いだ。
 症状をひた隠しにしてきた両親にも「『もういいよ』と言ってもらった」と9年間の労をねぎらわれた。そして赤星は「自分にお疲れさまと言いたい。ゆっくりしてほしい」と静かに話した。虎のひとつの歴史が完結した。




矢野1・4億ダウン…球団史上最大額

 阪神・矢野燿大捕手(41)が9日、西宮市内の球団事務所で契約更改交渉に臨み、2億1000万円から1億4000万円ダウンの推定7000万円でサインした。球団史上ワーストの下がり幅を「想像以上」としながらも受け入れた。同時に気持ちを切り替え、来季、自身の肉体に「何があってもいい」と玉砕覚悟で臨む決意を明かした。
  ◇  ◇
 自分の体がつぶれても構わない。矢野は昨年手術した右ひじを犠牲にする覚悟で来季に臨む姿勢を明かした。
 テレビカメラが止まり、新聞用の取材が始まると矢野は自身の契約額を隠そうとはしなかった。
「2億1000万から7000万」。11月に2度球団と下交渉に臨み、減額上限を超える1億4000万ダウンの掲示を受けた。球団ワーストの減額。「想像以上だったのでびっくりした。(納得するまでに)時間がかかったし、すぐに“はい、わかりました”というわけにはいかなかった」。それでも最終的に提示額を差し戻すことはなく「自分もプライドがあったし、それが今の自分に対する評価」と受け入れた。
 右ひじ手術から復活を期した今季。リハビリ中に同個所付近のじん帯を痛め、1軍昇格が7月中旬までずれ込んだ。結局、30試合の出場にとどまり、正捕手の座を狩野に譲る形になった。先発では下柳、安藤限定。リリーフ捕手として終盤にマスクをかぶることはあったが、手術の影響は計り知れず大きかった。それでも代打で3割以上の率を残し、通算でも・307と打撃では最低限の仕事を果たした。
 城島の加入によって生じる投手への弊害は、自身への余計な気遣いだと危惧(きぐ)する。「気を使わせることがあれば投手に申し訳ないし、そういうことがないような環境を作りたい」ときっぱり。
 シーズン終盤に骨折した右足は「キャンプまでには何とかなると思う」が「(右)ひじは治ることはない」という。「注射で(痛みを)抑えながらになると思う。不安はあるけど、ここまできたら、何があってもいいと思っているので怖さはない」。矢野は玉砕覚悟でチームに身をささげる。




ドラ5藤川入団“決定”内定先に断り

 阪神からドラフト5位指名を受けた藤川俊介外野手(22)=近大=が9日、名古屋市内の東邦ガスを訪れ、正式にプロ入りの希望を伝え、了承された。これで阪神入団が事実上、決定。近日中に行われる入団交渉を経て、晴れて「阪神・藤川」が誕生する。
 4位以下なら東邦ガス入りの条件で同社から内定を受けていた藤川は、5位指名のため進路決定に苦慮してきた。入社を熱望する東邦ガス側と何度も話し合いを重ねたが、最終的にプロ入りを決断。この日の会談で快諾を得た藤川は「僕のわがままを聞いてくれて感謝の思いしかありません」と口元を引き締めた。
 数日前に「一からやり直す気持ちで」と丸刈りにした。ドラフト指名から1カ月余りは苦悩の日々だったが、「支えてくれている方々の思いがわかった。迷惑を掛けましたが、人間的にも成長できたと思います」。精神的に一回り大きくなれた実感がある。
 くしくも、この日、同じ外野手の赤星が現役引退を表明。「同じセンターでずっと尊敬していた。僕も一日も早く1軍で活躍したいです」。球団が背番号7を用意するなど期待も厚い“ポスト赤星”は、夢舞台に思いをはせた。




アニキ、野球より人生の方が大事

 阪神・金本知憲外野手(41)は9日、トレーニングのため帰省中の広島で、現役引退を発表した赤星憲広外野手(33)へ惜別の言葉を送った。今月初旬に赤星からチームで最初に今後の方向性を明かされ、その症状を知り「今後の人生のほうが大事」と既に引退への理解を示していたことも分かった。また、この日の会見で赤星から、05年に逃した日本一と08年V逸の「悔しさを晴らして欲しい」と日本一の使命を託された。
  ◇  ◇
 昨夜、帰省先の広島で赤星から引退の報告を受けた。受話器越し、金本は落胆の色を隠せなかったが、最後は赤星の引退後の人生を思いやった。
 「悪い悪いとは聞いていたけど、そこまで悪いとは…。本人から電話で『明日、発表します』と聞いたよ。背中の状態も詳しく説明してくれたけど、理由を聞いて、それなら辞めたほうがいいのかなと。今後の野球人生より、人生そのものの方が大事だと思うから」
 阪神移籍後の03年から不動の中堅-左翼コンビを結成。星野政権2年目には2番赤星-3番金本のオーダーがピタリとはまり、攻撃の軸として18年ぶりVの原動力になった。普段、頻繁に食事をともにする間柄ではなかったが「強い気持ち」でグラウンドに立つ野球観を共有。毎年、開幕前に「ポイントはオレと赤星」と話すことが多く、今オフも「4番にはこだわらない。オレはもともと3番タイプ」と、赤星とのコンビ再結成を描くこともあった。
 8歳年下ながらチーム内で敬意を持って接してきた数少ない選手だ。突然の引退に言葉を失ったが、今月はじめに食事をした際、赤星本人から詳細を聞き、納得せざるを得なかった。
 「年齢的にもベテランと若手の間でチームを引っ張っていかないといけない立場だったけど、リーダーシップを取れる選手がまた減ってしまった」。07年オフには当時、3期連続で選手会長を務めた赤星に「球団と話す時は俺も力になるから」と会長補佐の就任を名乗り出るなど、グラウンド外でもタッグを組んだ。
 「野球人生、選手としては終わるかもしれないけど、まだまだ野球に携わっていくと思うので、しっかり後輩たちに伝えて欲しいし、野球界に貢献して欲しい」。金本は赤星の指導者としての手腕に期待を寄せた。
 引退会見で赤星は「05年の日本シリーズで4連敗した悔しさは金本さんら当時のメンバーが持っている」と話し、日本一への使命を託された。「本当にさみしいし、一緒に戦えないのは残念だけど、今後の人生、本当に体に気をつけてな」。電話で惜別の言葉を送った金本。志半ばでグラウンドを去る赤星のためにも、来季V奪還へ決意を新たにした。




同級生・新井は絶句「信じられなかった」

 阪神・新井貴浩内野手(32)も赤星の引退に「本当にさみしい」と言葉を失った。昨夜、電話で本人の口から引退の決意を聞いた。「びっくりして信じられなかった。今年、甲子園でダイブして倒れたとき、メールで『大丈夫か?』と聞いたら『マジでやばい』と言っていたし、相当悪かったんだと思う」。
 赤星とは同級生で公私ともに親交が深かっただけに「まだ実感がわかない」と落胆した。だが、赤星本人の口から「日常生活に支障が出るかもしれない。最悪の場合、野球どころじゃなくなる」と聞かされ「相当の覚悟で決めたことだと思う。赤星の決断だから、尊重したい」と思いやった。
 「赤星と一緒にプレーした2年間は忘れない」。新井は報道陣に囲まれ、終始硬い表情で、赤星への思いを吐露した。




引退会見後に…最後の車いす贈呈式

 阪神・赤星憲広外野手は9日の引退会見後、長年守り続けた甲子園球場のセンター芝生上で最後の「車いす贈呈式」を行った。03年以来、毎年自身の盗塁数に合わせ、全国の施設などに車いすを寄付してきたが、今季は31台を寄付。「無理を言って、この場所でやらせていただいた。これが最後と思うとさみしいですね」。通算300台を超えたが「まだ100でも200でも贈りたかった」と話し、今後も社会貢献活動を続けたい考えを打ち明けていた。





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